カマシ・ワシントン、ボノボ、フローティング・ポインツ。
この3つの名前を並べて、「アニソンの話です」と言ったら、多くの人は首をかしげるだろう。カマシ・ワシントンは現代ジャズの最前線を牽引するサックス奏者。ボノボはクラブミュージックとオーケストラの境界を溶かすエレクトロニカの鬼才。フローティング・ポインツはファラオ・サンダースとの共演でスピリチュアル・ジャズの新たな地平を開いた音楽家だ。
彼らが揃って音楽を担当したのが、2025年春に放送された渡辺信一郎監督のオリジナルアニメ『LAZARUS ラザロ』である。従来の「アニソン」の文脈では絶対に出てこない名前が、アニメの音楽として鳴っている。この事実こそが、時代が変わったことの何よりの証拠だ。
「俺が、どれだけお前のアニメを好きか分かるか?」
渡辺信一郎という監督は、アニメと音楽の関係を語る上で避けて通れない存在だ。『カウボーイビバップ』で菅野よう子とともにジャズとアニメを融合させ、『サムライチャンプルー』でヒップホップを時代劇に持ち込み、『キャロル&チューズデイ』ではフライング・ロータスやサンダーキャットを起用した。常に「アニメの音楽はこうあるべき」という固定観念を壊し続けてきた人物だ。
『LAZARUS』でのミュージシャンの選び方について、渡辺監督はサウンド&レコーディング・マガジンのインタビュー( https://www.snrec.jp/entry/interview/lazarus1 )でこう語っている。「音一つで違う世界へ連れて行く力を持っているミュージシャンにオファーしたかった」と。ボノボやフローティング・ポインツについては、「基本的にはクラブ・ミュージックの世界にいるけど、そこからはみ出すような才能を持っている」ことが選定の理由だった。
面白いのは、カマシ・ワシントンのエピソードだ。アニメイトタイムズのインタビュー( https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1743470346 )によれば、最初のリモート打ち合わせでカマシは開口一番「俺が、どれだけお前のアニメを好きか分かるか?」と言ったという。劇伴のオファーを受けた後、自ら「オープニングもやらせてくれないか」と申し出てきた。渡辺監督は笑いながら「もう、イヤとは言えないでしょう」と振り返っている。
こうして完成したOP曲「Vortex」は、合唱をアクセントにした大胆な複数楽章構成のジャズナンバーだ。サックスのヴィルトゥオーゾなソロが鳴り、エレキギターが炸裂する。これが毎週テレビから流れてくる。「アニソン」という言葉の定義が根本から問い直される瞬間だ。
世界をターゲットにした制作構造
『LAZARUS』が従来のアニメと決定的に違うのは、その制作構造そのものだ。米国カートゥーン・ネットワークの単独出資によるオリジナル作品で、最初から世界市場をターゲットに設計されている。渡辺監督自身も「日本市場だけに頼らず世界をターゲットにグローバルな視点で制作されている」と述べている。
アクション監修に『ジョン・ウィック』のチャド・スタエルスキ、音響に『トップガン マーヴェリック』のフォルモサ・グループ、制作にMAPPA。ハリウッドの一流スタッフと日本のトップスタジオが組み、そこに世界的ミュージシャンが加わる。これはもう、「日本のアニメに海外アーティストが参加した」というレベルの話ではない。アニメというフォーマットそのものが、グローバルなエンタメ制作のプラットフォームとして機能しているのだ。
第3回で書いた『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』のSZAやガンズ・アンド・ローゼズの起用が「既存の名曲をアニメに持ってきた」事例だとすれば、『LAZARUS』はさらに一歩先を行っている。カマシ・ワシントンたちは、このアニメのために新しい音楽をつくった。アニメという「物語の器」が、世界最高峰のミュージシャンのクリエイティビティを引き出している。
ストーリーと音楽が掛け合わされる幸福
ここまで4回にわたって、アニソンを取り巻く環境の変化を追いかけてきた。90年代の国内アニメタイアップ、K-POPの市場開拓、洋楽ビッグネームの参入、そして渡辺信一郎のような監督による世界的ミュージシャンとの共創。アニメの音楽は、驚くべきスピードで変貌している。
だが、ここで忘れてはならないことがある。音楽がどれだけ豪華になっても、それだけでは意味がない。アニメの音楽が特別なのは、常に「物語」と掛け合わされているからだ。90秒のOPも、劇伴も、エンディングも、すべてストーリーとキャラクターの感情と結びついている。カマシ・ワシントンの「Vortex」が凄いのは、彼のサックスが凄いからだけではない。それが『LAZARUS』の世界——"奇跡の薬"に騙された人類が、30日間で希望を掴もうとする物語——と一体になっているからだ。
私たちは今、世界中の才能がアニメという物語の器に集まり、ストーリーに掛け合わされた音楽をこれまでにない深さで楽しめる時代を生きている。それは本当に幸福なことだと思う。
渡辺信一郎監督は「アニメの世界に入る前から音楽フリークだった。アニメと音楽とがフィフティ・フィフティで高め合うような作品を作りたい」と語っている。その言葉が、今、世界規模で現実になりつつある。
Beyond the Anisong——アニソンの向こう側は、思っていたよりもずっと広く、ずっと豊かだった。
次回は、そんな豊かな世界に彗星のごとく現れた一人の作曲家について書きたい。ポストロックバンドのギタリストが、劇伴未経験のまま『呪術廻戦』に飛び込み、アニメ音楽の景色を一変させた——照井順政の話だ。