『交響詩篇エウレカセブン』(2005年)を観たことがある人なら、これらのサブタイトルに見覚えがあるだろう。全50話、すべてのサブタイトルが実在の楽曲やアルバムの名前からとられている。ニュー・オーダー、オアシス、808ステイト。しかしこの作品が特異なのは、ロックやポップスだけでなく、テクノやハウスといったクラブミュージックの楽曲名が大量に含まれていることだ。ハードフロアだけで5回、デリック・メイ、リッチー・ホゥティン、田中フミヤ、ジェフ・ミルズ、ケミカル・ブラザーズ——デトロイト・テクノからアシッド・ハウス、ミニマルテクノまで、クラブミュージックの歴史そのものがサブタイトルに刻まれている。
サブタイトルだけではない。劇中の挿入歌にはKAGAMIの「Tiger Track」、HIROSHI WATANABEの「GET IT BY YOUR HANDS」、RYUKYUDISKOの「acid track prototyp」といったテクノ/ハウスのトラックが使われ、最終話ではあの電気グルーヴの「虹」が流れた。ヒト型ロボットの名称は「LFO」——シンセサイザー用語であると同時に、ビョークのプロデューサーとしても知られるマーク・ベルのテクノ・ユニットの名前でもある。軍用機の名は「KLF」——伝説のダンスミュージック・ユニット、ザ・KLFだ。
これはもう、引用やオマージュの域を超えている。テクノとハウスが、作品の骨格そのものに埋め込まれているのだ。
「ブルーマンデー」から始まる物語
なぜ、日曜朝7時のロボットアニメにテクノとハウスなのか。
京田知己監督は、武蔵野美術大学でビデオアートを学んだ映像作家だ。Wikipediaの記載( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E7%94%B0%E7%9F%A5%E5%B7%B1 )によれば、中野裕之のPVに影響を受けて映像の世界に入り、エヴァンゲリオンを観てアニメ業界に転じた。ロボットアニメの文法よりも、映像と音楽のシンクロに関心がある人物だ。京田監督は「ロボットアニメにテクノ/ハウス音楽やサーフィンなどのサブカルチャーを取り入れた作風」で注目されたと評されている。
シリーズ構成の佐藤大は、文化庁メディア芸術カレントコンテンツのインタビュー( https://mediag.bunka.go.jp/article/article-13047/ )で、テクノミュージックの文脈がこの作品にとっていかに本質的だったかを明かしている。劇場版の制作にあたり、京田監督、キャラクターデザインの吉田健一と10年ぶりに集まったとき、三人の共通認識はこうだった。「ゲッコーステイトはもう描けないね」。主人公たちが属する反体制組織ゲッコーステイトが体現していたサブカルチャーの空気——それは2000年代初頭だからこそ成立していたものであり、時代が変わった今、安易に再現することはできないという判断だった。
佐藤はこうも語っている。「『ブルーマンデー』から始まるテクノミュージックの文脈は、3人でないと分からないところがありました。変えるとしても自覚をもって取り組まないと、それはもはや『エウレカ』ではない」。
サブカルチャーは越境する
ここで、この作品が本当に描いていたものについて考えたい。
『交響詩篇エウレカセブン』は、少年レントンが異種族の少女エウレカと出会い、反体制組織ゲッコーステイトに身を投じる物語だ。そこには軍と反体制勢力の対立があり、人間とコーラリアン(地球外生命体)という種族間の対立がある。主義も思想も立場も種族も異なる者たちが、それでも共に生きる道を模索する——それがこの作品の根幹にあるテーマだ。
そして、その「共に生きる」ことの象徴が、サブカルチャーだった。ゲッコーステイトのメンバーは、リフボード(空中サーフィン)に乗り、音楽を聴き、雑誌を読み、踊る。彼らを結びつけているのは政治的な信条ではなく、カルチャーへの愛だ。レントンがゲッコーステイトに惹かれたのも、エウレカに恋をしたのと同じくらい、彼らの「生き方」に憧れたからだった。
テクノやハウスという音楽ジャンルは、その性質上、言語を必要としない。国籍も人種も関係ない。デトロイトの黒人コミュニティから生まれたテクノが、ベルリンの壁崩壊後のドイツで爆発的に広がり、東京の渋谷やロンドンのウェアハウスで鳴り響いた。クラブのフロアでは、誰もが等しくビートの中にいる。それはまさに、エウレカセブンが描こうとした世界——主義も思想も立場も種族も越えて、同じビートの上で踊れるという希望——そのものだ。
20年後の「club gekko state」
2025年、エウレカセブンは放送20周年を迎えた。記念イベントとして代官山UNITで開催されたのは、「交響詩篇エウレカセブン 20th anniversary party club gekko state」( https://v-storage.jp/bv_news/269288/ )。出演はKo Kimura、☆Taku Takahashi、HIROSHI WATANABEといったDJたち。そして劇中挿入歌を手がけたHIROSHI WATANABEは20周年のために新曲「The State of Skyward」を書き下ろし、リミキサーとしてKEN ISHIIが参加している。
つまり20年後の今でも、この作品の祝い方は「クラブでDJが回す」なのだ。アニメのイベントとしては異例だが、エウレカセブンというコンテンツにとっては、これが最も正しい形だと思う。
この連載で私が書き続けてきたのは、音楽と才能がアニメという場で出会い、化学反応を起こす瞬間だ。エウレカセブンは、その化学反応を音楽ジャンルのレベルで起こした作品だった。テクノとハウスという、アニメとは最も縁遠いと思われていた音楽が、ロボットアニメのDNAに組み込まれたとき、それは単なるBGMの選曲を超えて、物語のテーマそのものになった。
サブカルチャーは主義も思想も立場も種族も越える。エウレカセブンが20年前に鳴らしたそのメッセージは、分断が深まる2020年代の今こそ、改めて聴く価値がある。