30年間にリリースされた全255曲を対象にしたファン投票企画「MAAYA's BEST SONG」( https://www.jvcmusic.co.jp/maaya/30th/ )の結果を見たとき、私は思わず唸った。1位「プラチナ」、2位「tune the rainbow」、4位「約束はいらない」、5位「光あれ」、6位「マメシバ」——上位6曲のうち5曲が、菅野よう子の作曲だったのだ。
そして3位に入ったのが、「Be mine!」。the band apartが作曲・編曲を手がけたこの曲は、菅野よう子の名前がクレジットにない。30年の歴史の中で、菅野よう子以外のアーティストとの仕事がファンに最も愛される曲の一つになっている——この事実に、坂本真綾という音楽家の30年間が凝縮されている。
「約束はいらない」——始まりは菅野よう子だった
1996年。16歳の坂本真綾は、TVアニメ『天空のエスカフローネ』(河森正治原作)のヒロイン・神崎ひとみ役に抜擢され、同時にオープニングテーマ「約束はいらない」で歌手デビューを果たした。作詞は岩里祐穂、作曲・編曲は菅野よう子。
音楽ナタリーのプロフィール( https://natalie.mu/music/news/625122 )によれば、菅野よう子が坂本真綾のプロデュースを始めたきっかけは、今井美樹のアルバム制作を通じて知り合った作詞家の岩里祐穂との出会いにある。菅野は坂本の声を「今井美樹に似た声」と評し、歌手としてのプロデュースを引き受けた。
ここから約9年間、菅野よう子は坂本真綾の音楽を設計し続ける。「約束はいらない」「プラチナ」(カードキャプターさくらOP)、「tune the rainbow」(ラーゼフォンED)、「マメシバ」——ファン投票の上位を独占した楽曲群は、すべてこの時期に生まれたものだ。
菅野よう子がどれほど異能の作曲家であるかは、第7回(河森正治監督との30年の協働)で書いた。ジャンルを自在に横断し、どんな映像世界にも完璧に寄り添う音楽を生み出す。その菅野が、16歳の声優の声を素材にして、9年間かけて一人のアーティストを「つくった」。坂本真綾の初期楽曲には、菅野よう子の美学——透明感のあるメロディ、精巧なアレンジ、声の表情を最大限に引き出す構成——がすべて注ぎ込まれている。
Be mine!——巣立ちの瞬間
では、坂本真綾は菅野よう子の「作品」のまま30年を過ごしたのか。まったく違う。
2010年代以降、坂本真綾の楽曲クレジットには菅野よう子以外の名前が増えていく。the band apart、鈴木祥子、北川勝利(ROUND TABLE)、h-wonder、河野伸、岸田繁(くるり)——多様なアーティストとの制作が広がっていった。
中でも象徴的なのが、2014年リリースの「Be mine!」だ。TVアニメ『世界征服〜謀略のズヴィズダー〜』のオープニングテーマとして書かれたこの曲は、the band apartが作曲・編曲を担当した。ポストロック的なギターワーク、跳ねるリズム、そして坂本真綾の透明な声——菅野よう子の世界とはまったく違う質感なのに、紛れもなく坂本真綾の曲だ。
現在、坂本真綾の30周年ラジオ番組で告知のBGMとして流れているのが、この「Be mine!」だという。30年間の全255曲の中から、30周年という節目を象徴する曲としてこの曲が選ばれているということ自体が、菅野よう子から巣立った後の坂本真綾の音楽性がいかに成長したかを物語っている。
二つのバンドが支える30周年
2026年4月、坂本真綾は有明アリーナで30周年記念SPECIAL LIVEを開催する。アニメイトタイムズの報道( https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1758263746 )によれば、2日間のライブはそれぞれ異なるバンド編成で行われる。初日Route Aは北川勝利バンド、2日目Route Bは河野伸バンド。
北川勝利はROUND TABLEのメンバーで、坂本真綾に多くの楽曲を提供してきた作家だ。河野伸も同様に、近年の坂本真綾の音楽を支えてきた編曲家・キーボーディスト。つまりこの30周年ライブは、菅野よう子以降の坂本真綾の音楽を形作ってきた二人のミュージシャンによる、二つの「今の坂本真綾」を聴くライブなのだ。
もちろん、菅野よう子の楽曲がセットリストから外れることはないだろう。ファン投票1位の「プラチナ」も4位の「約束はいらない」も、きっと歌われる。しかし、30周年のステージを支えるバンドマスターの名前が菅野よう子ではないということ——そこに、坂本真綾の30年間の歩みが静かに表れている。
才能が才能を育て、やがて手を離す
この連載で私が追いかけてきたのは、音楽と才能がアニメという場で出会い、化学反応を起こす瞬間だ。坂本真綾の30年間は、その化学反応の最も美しい形を示している。
菅野よう子という圧倒的な才能に16歳で出会い、9年間をかけて音楽の基礎を叩き込まれた。その土台の上に、the band apartのポストロック、北川勝利のポップセンス、岸田繁の文学性、河野伸の洗練——さまざまな才能との出会いを重ね、坂本真綾は「菅野よう子の声」から「坂本真綾の音楽」へと成長していった。
才能が才能を育て、やがて手を離す。育てられた側は、新しい才能との出会いを通じて自分だけの音楽を見つけていく。その成長の過程を30年間にわたって作品として記録し、ファンに見守られ続けてきたのが坂本真綾だ。ちなみにAnisongs.jp調べでは、2011年から2026年までの期間でアニメタイアップ楽曲を最も多く歌ったアーティストは坂本真綾だった。30年間歩みを止めなかった継続の力が、数字にも表れている。
30周年記念ベストアルバム『M30~Your Best~』は、ファン投票15曲に加え、「15人の音楽仲間たちが選んだ15曲」も収録されるという。菅野よう子から巣立ち、多くの音楽仲間と歩んできた30年。その全体像が、この一枚に詰まっている。