コラム

Beyond the Anisong vol.7 ── 河森正治と歌の戦争——42年間の問いかけ

Beyond the Anisong vol.7 ── 河森正治と歌の戦争——42年間の問いかけ
1983年、一人の若いクリエイターが周囲の猛反対を押し切って、あることを実現させた。

『超時空要塞マクロス』第27話「愛は流れる」。異星人ゼントラーディとの最終決戦で、主人公たちは武器ではなく、リン・ミンメイの歌で戦局を覆す。河森正治監督はDig-itのインタビュー( https://dig-it.media/showa50/article/836837/ )で当時をこう振り返っている。「歌の影響だけで勝てないかって提案したんです。多くの反対を受けたんですけど、原作者特権ってことで、コンテから何から責任をもってやるのでどうしてもやらせてほしいって言って」。

歌だけで戦争を終わらせられるか——。23歳の河森監督が立てたこの問いは、以後42年にわたって彼の創作の核であり続けることになる。

「歌って戦わない」という空前絶後



だが河森監督自身は、この第27話に満足していなかった。翌年公開された劇場版『愛・おぼえていますか』では、歌で戦争を終わらせると言いながら、最後は主人公が敵の司令官を撃って決着をつけてしまう。河森監督はこれをずっと後悔していたという。

10年後の1994年、転機が訪れる。プロデューサーの高梨実から新作の企画を持ちかけられた河森監督は、1週間の猶予をもらい、一つのアイデアにたどり着く。「歌って戦うパイロット」——これなら確実にヒットする確信があった。だが河森監督はもうひとひねりする。「空前絶後の『絶後』を狙おう。誰も真似しようと思わないものを」。そうして生まれたのが、『マクロス7』の熱気バサラだ。戦場に飛び出しながら一発も撃たず、ただ歌い続ける主人公。Hobby Japan Webの30周年記念座談会( https://hjweb.jp/article/1456828/ )によれば、脚本の富田祐弘にこの設定を伝えると、即座にこう返ってきた。「それはつまり『俺の歌を聞け!』ってことですか?」。

放送開始当初、視聴者からは「なぜ戦わせない」と抗議が殺到した。しかし物語が進むにつれ、バサラが一度だけミサイルを発射してしまった回では、今度は「なぜ撃たせた」と逆の抗議が起きた。視聴者の価値観そのものが、バサラの歌に書き換えられていたのだ。

菅野よう子という「音楽兵器」



『マクロス7』と並行して制作された『マクロスプラス』(1994年)で、河森監督はもう一つの決定的な出会いを果たす。作曲家・菅野よう子だ。

菅野への最初の発注は、バーチャルアイドル「シャロン・アップル」のための楽曲だった。アイドルでありながら兵器でもあり、聴く者を幻惑する力を持つ存在——その設定を受け取った菅野は、文化庁MACCのインタビュー( https://macc.bunka.go.jp/3055/ )で「音楽兵器をつくっちゃうぞ!」とウキウキしながら制作に入ったと語っている。

同インタビューで菅野は河森監督についてこうも語っている。「体感と無意識が強めで、理性はあまり使わないつくり方」「ケレン味がすごく好きで、お祭りとかハレの場で興奮したい欲求がある」。理屈ではなく体感で音楽を求める監督と、どんなジャンルでも自在に書き分ける作曲家。この出会いから30年以上、マクロスプラス、アルジュナ、アクエリオン、マクロスFと、二人は作品を重ね続けている。

もし歌が禁じられたら——AKB0048という思考実験



2012年、河森監督は意外な作品に取り組む。『AKB0048』。アイドルグループAKB48をモチーフにしたSFアニメだ。シリーズ構成は岡田麿里。

舞台は、芸能が非合法化されたディストピアの宇宙。軍事政権は「歌やダンスは人の心を乱すもの」として芸能禁止法を施行し、違反者はテロリストとして弾圧される。その世界で、伝説のアイドルグループの名を受け継いだ少女たちが、ゲリラライブを敢行してファンに歌を届け続ける。

私がこの作品に注目するのは、河森監督の問いかけが見事に反転しているからだ。1983年の「愛は流れる」は「歌だけで戦争を終わらせられるか」という問いだった。AKB0048はその裏面——「歌を奪われた世界は何を失うか」を描いている。歌の力を証明するために、今度は歌が存在しない世界を構築してみせたのだ。

テロリストと呼ばれながらも歌い続ける少女たち。その姿は、18年前に戦場で歌い続けた熱気バサラの精神的な後継者でもある。バサラは戦場で戦わなかった。0048のメンバーにとっては、歌うこと自体がすでに戦闘行為だ。Exciteのインタビュー( https://www.excite.co.jp/news/article/E1342626565307/ )では「マクロスよりもハードになるかもしれない」とも語られていた。

42年目の歌——万博の「超時空シアター」



2025年、大阪・関西万博。河森監督はシグネチャーパビリオン「いのちめぐる冒険」のプロデューサーを務めた。音楽を担当したのは、30年来の盟友・菅野よう子。超時空シアター「499秒 わたしの合体」の主題歌を菅野が書き、歌ったのは『マクロスF』のランカ・リー役でデビューした中島愛だった。

太陽から発せられた光が手のひらに届くまで、499秒。万博公式サイトのインタビュー( https://www.expo2025.or.jp/officialblog/blog-20250918-01/ )で菅野はこう語っている。「この光の旅路と、銀河一のアイドルのデビュー曲を、銀河繋がりのメドレーでお届けします。ここにいることの奇跡を感じながら」。

万博という場でもなお、河森監督は歌と映像のシンクロを追い続けている。1983年の第27話「愛は流れる」から42年。「歌で勝つ」から「歌って戦わない」へ、「歌が禁じられた世界」へ、そして「歌でいのちを祝う」へ——河森監督の問いは、形を変えながら深化し続けている。

この連載で私は、音楽の力と、才能がアニメという場で出会い化学反応を起こす瞬間について書いてきた。河森監督は、その化学反応を起こす「場」そのものを42年かけて設計し続けてきた人だ。歌がストーリーの核になるアニメというジャンル。それは河森監督が発明し、育て、そして今なお更新し続けているものだ。
フジキシンノスケ
著者 フジキシンノスケ

80年代アニソン黄金世代。菅野よう子『カウボーイビバップ』で音楽と映像の関係性に目覚め、以来アニメ音楽を追い続けている。