コラム

Beyond the Anisong vol.12 ── Vaundy——アニソンをポップスにする

Beyond the Anisong vol.12 ── Vaundy——アニソンをポップスにする
僕の中のもの作りの根底にはアニメがあるんです


Vaundyは音楽ナタリーのインタビューでそう語っている。小学校の頃からジブリが大好きで、中学校の頃にはアニメのイベントに通いグッズを買う男の子だった。歌える声優になろうと思っていた時期もあったという。中学2年から歌い手として活動を始め、やがて自分で曲を作り、いつしか時代を代表するアーティストになった。だがその根底に、アニメがある。この告白は重要だ。

作詞、作曲、編曲をすべて自分でこなし、映像のディレクションまで手がけるマルチアーティスト。そのVaundyが、アニメの主題歌をどう書いてきたのか。系譜をたどると、一人のクリエイターの成長と、アニソンの可能性の拡張が見えてくる。

8つの作品、8つの顔



Vaundyのアニメタイアップを振り返る。

チェンソーマンのエンディング「CHAINSAW BLOOD」。王様ランキング第2クールのオープニング「裸の勇者」。SPY×FAMILY Season 2のエンディング「トドメの一撃 feat. Cory Wong」。映画ドラえもん のび太の地球交響楽の主題歌「タイムパラドックス」。僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ユアネクストの主題歌「ホムンクルス」。SAKAMOTO DAYSのオープニング「走れSAKAMOTO」。光が死んだ夏のオープニング「再会」。そして黄泉のツガイのオープニング「飛ぶ時」とエンディング「飛ぼうよ」。

この並びを見てほしい。少年ジャンプ、ノイタミナ、ドラえもん、スパイファミリー——ジャンルも対象年齢もまったく異なる作品に、Vaundyの音楽は自然に溶け込んでいる。それでいて、どの曲もVaundyの曲としか言いようのない個性がある。この「何にでもハマるのに、誰の曲でもない」という矛盾を成立させているのが、Vaundyの最大の異能だ。

「アニソンをポップスにしたい」



初のアニメタイアップとなった「裸の勇者」の制作について、Vaundyはこう語っている。

アニソンって、ノンジャンルなんですよ。ロックもヒップホップもメタルも、いろんなジャンルの音楽がある。で、それ以外のところにポップスというカルチャーがある。アニソンには日本の魅力がたっぷり詰まっているんですよね。だから、そこをもっとポップス化できないかなっていうことを昔から思っていて(音楽ナタリー)


Vaundyを通してアニソンをポップスにしようと思ったんです。誰が聴いてもカッコよくて、でもちゃんとアニソンで……アニメを観てから曲を聴いても、曲を聴いてからアニメを観ても味が濃くなるような曲にしようと


ここにVaundyの明確な意志がある。アニソンをポップスにする。大衆化する。「売れるってカッコいいことなんだぜと思ってもらえるようなアーティストになりたい」とまで言い切る。この姿勢は、前回書いたKing Gnuの「並走」とは明らかに異なる。King Gnuはアニメとの間に適切な距離を保ち、互いの剛速球が交差する瞬間を信じる。Vaundyは距離を取らない。作品の中に入り込み、それを自分のポップスとして再構築する。

さらに印象的なのは、Vaundyがアニメの制作陣との関係についてこう語っていることだ。「アニメの制作陣に『この曲、カッコいい! 俺たちもカッコいい絵を作るわ』という気にどれだけさせられるか」。音楽が映像を引っ張り、映像が音楽を引っ張る。その相乗効果を意識的に設計している。

黄泉のツガイ——「ツガイ」で包む



そして黄泉のツガイで、Vaundyは新しい領域に踏み込んだ。

荒川弘(鋼の錬金術師)の最新作である黄泉のツガイ。このアニメのオープニング「飛ぶ時」とエンディング「飛ぼうよ」の両方をVaundyが作詞・作曲・編曲した。オープニングはVaundy自身が歌い、エンディングはyamaが歌う。Vaundyとyamaのタッグは、yamaのシングル「くびったけ」(Vaundy楽曲提供)以来だ。

Vaundy本人はSkreamのインタビューでこうコメントしている。

“ツガイ”となる2曲を書き下ろしました。どちらも大きな『旅立ち』というテーマのもとにふたりの主人公の心情を描く作品にしました


yamaもこう語っている。

ずっと、飛ばない理由を探していたのかもしれない。血を分けるような大切な誰かを想い、共に『飛ぼうよ』と声を掛け合う


さらにこのシングルには、互いの曲をひっくり返したセルフカバーが収録される。yamaが「飛ぶ時」を歌い、Vaundyが「飛ぼうよ」を歌う。作品タイトルの「ツガイ」——対になる存在——が、楽曲の構造そのものに反映されているのだ。

ここに至って、Vaundyのアニメとの関わり方が一つの到達点を迎えていることに気づく。初期の「裸の勇者」では、自ら歌い、自ら作り、作品に寄り添った。黄泉のツガイでは、自分が歌うオープニングを書き、同時にyamaのための楽曲も書き下ろしている。歌い手であると同時にプロデューサーでもある。一つの作品を、自分の歌とyamaの歌の両面から包み込む。

「入り込む」と「並走する」



第11回で、King Gnuの常田大希がアニメとの関係を「並走」と表現したことを書いた。King Gnuは作品に入り込まない。バンドの剛速球を投げ、作品の剛速球と交差する瞬間を信じる。

Vaundyのアプローチは、その対極にある。Vaundyは作品の中に入り込む。原作を読み、映像に合わせて曲を作り、制作陣を奮い立たせる音楽を書く。そして黄泉のツガイでは、自分の声とyamaの声で作品をOPとEDの両側から包み込んだ。

「並走」と「包む」。どちらが正しいという話ではない。King Gnuの音楽は強固な世界観を持つがゆえに、対等な力を持つIPとの交差でこそ輝く。Vaundyの音楽はノンジャンルを自在に泳ぐがゆえに、どんな作品にも入り込み、その作品をポップスに変換できる。2020年代のアニソンは、この二つのアプローチを同時に手に入れた。

この連載で私は、音楽と才能がアニメという場で出会い、化学反応を起こす瞬間を追いかけてきた。Vaundyは、その化学反応の起こし方そのものを進化させている。作品に寄り添い、作品を大衆に届け、やがて作品の両面を自らの手で包み込む。「アニソンをポップスにする」という宣言は、まだ道半ばだろう。この先のVaundyがどこまで行くのか、楽しみでしかない。

引用・参考



Vaundy 初アニメタイアップ インタビュー(音楽ナタリー): https://natalie.mu/music/pp/vaundy

Vaundy 黄泉のツガイ OP&EDテーマ コメント(Skream!): https://skream.jp/news/2026/02/vaundy_tsugai.php

Vaundy・yama「飛ぶ時/飛ぼうよ」シングル情報(TOWER RECORDS): https://tower.jp/article/feature_item/2026/04/04/0701

Vaundy 黄泉のツガイ OP&EDリリース情報(rockinon.com): https://rockinon.com/news/detail/214771
フジキシンノスケ
著者 フジキシンノスケ

1980年代のアニメの音楽から感銘を受けてアニソンを聞いて育った黄金世代。音楽の変遷とアニメの変遷をダイレクトに受けつつ、思春期でバンドを組んでみたりした。アニソンはダサいと言われた時代。自分だけはかっこいいと思っていたから世間とのギャップに悩んだりもした。カウボーイビバップの菅野よう子とシートベルツに衝撃を受け、劇伴楽曲の世界に傾倒。幅広いアニソンを好む。