アニメの劇伴作曲家といえば、多くの人は澤野弘之や菅野よう子の名前を思い浮かべるだろう。彼らは「劇伴の世界」でキャリアを重ね、数々の作品を手がけてきたプロフェッショナルだ。その系譜に連なる作曲家は、基本的に劇伴畑で育ち、劇伴の文法を体に染み込ませた人々だった。
照井順政は、まったく違う場所から来た。
ポストロック、アイドル、そして呪術廻戦
照井順政の音楽家としてのキャリアは、2004年に結成したオルタナティブ・ロックバンド「ハイスイノナサ」に始まる。マスロックとも評される緻密な楽曲構成と、繊細かつ前衛的なサウンドデザインで、音楽好きの間では知る人ぞ知る存在だった。その後、元school food punishmentの蓮尾理之らとsiraphを結成し、さらにアイドルグループ「sora tob sakana」の音楽プロデューサーも務めた。
バンドマンであり、アイドルプロデューサーであり、ソングライター。劇伴とは無縁の、普通のミュージックシーンの住人だった。
それが2020年、TVアニメ『呪術廻戦』の劇伴を担当することになる。しかも、劇伴はこれが初めての仕事だった。SPICEのインタビュー( https://spice.eplus.jp/articles/277236 )で照井本人が「劇伴の仕事自体、この作品がはじめてだった」と明かしている。第1期は堤博明、桶狭間ありさとの3人体制。経験豊富な二人に助けられながら、"異分子"として制作に臨んだ。
彗星のごとく
だが、その「異分子」が放った音楽は、尋常ではなかった。
第1期から、照井が担当した楽曲の質の高さは際立っていた。伏黒恵の領域展開シーンなどで流れる「呪術師・伏黒恵」は、キャラクターの覚悟と内面の静けさを同時に描き出す楽曲で、従来の劇伴の枠を超えていた。
そして第2期「懐玉・玉折/渋谷事変」では、照井がメインの作曲家としてフロントに立つ。Kompass( https://kompass.cinra.net/article/202402-teruiyoshimasa )のインタビューで照井は、呪術的な音楽にミニマルの要素を取り入れることを自ら提案したと語っている。「呪術的な音楽は繰り返しのなかでトランスしていく要素がある。トライバルというか、原初的なリズムが核にあって、リズム自体は単純なんだけど、それが繰り返されていくことによって高まる」——バンドマンとしての感性が、劇伴の新しい文法を生み出した瞬間だ。
ギタリストが書いたピアノ曲
照井の音楽性の幅広さを最も端的に示しているのが、「一緒なら」というピアノ曲だ。
第2期「懐玉・玉折」のサウンドトラックに収録されたこの楽曲は、星漿体・天内理子が天元との同化に向かう最後の日々——メイドの黒井とともに過ごしたかけがえのない時間の悲しみと切なさを、静かに描いたピアノソロだ。そしてその旋律の奥には、五条と夏油がすれ違い、やがて決定的に分かれていく運命の哀しさも重ねて聴こえてくる。表の物語と裏の物語が、一つのピアノ曲の中に同居している。ポストロックやマスロックのフィールドでギターを弾いてきた人間が、こんなにも繊細で多層的なピアノ曲を書ける。その事実に、私は驚いた。
考えてみれば、ハイスイノナサの楽曲にも、バンドサウンドの中に映像的な——風景を喚起するような——質感があった。照井自身もインタビューで「音楽と映像の関係性に興味があった」と語っている。緻密なサウンドデザインで風景をつくっていく感触は、バンドの時代からすでにあったのだ。ただ、それが「劇伴」という器に注ぎ込まれたとき、爆発的な化学反応が起きた。
劇伴の世界に何が起きているのか
照井順政の登場は、アニメ劇伴の世界に起きている変化の象徴だ。
かつて劇伴は、劇伴の専門家がつくるものだった。澤野弘之は10代からドラマや映画の劇伴に携わり、菅野よう子は光栄の『三國志』『信長の野望』シリーズのゲーム音楽から作曲家キャリアを始め、CM音楽を経てアニメ劇伴の世界に入った。彼らは長い時間をかけて劇伴の文法——映像との同期、感情の誘導、シーンごとの切り替え——を身につけた職人だ。
しかし今、まったく別のバックグラウンドを持つ音楽家が、劇伴の最前線で結果を出している。照井はポストロックバンドのギタリストとして音楽家のキャリアを始め、アイドルのプロデューサーとして作家力を鍛え、その先に劇伴という新しいフィールドを見つけた。しかもその照井は現在、『呪術廻戦』に加えて、2025年放送の『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)』の劇伴も担当している。ガンダムシリーズの新作だ。彗星のごとく現れた作曲家は、アニメ音楽の中枢に定着しつつある。
これは第4回で書いた渡辺信一郎の話とも通底する。渡辺監督はクラブミュージックやスピリチュアル・ジャズのアーティストをアニメに招き入れた。照井順政は、自らバンドシーンからアニメ劇伴に越境してきた。方向は逆だが、起きていることは同じだ。アニメの音楽が、従来の「アニソン」「劇伴」という閉じた世界の枠を超えて、あらゆる音楽ジャンルの才能と接続し始めている。
音楽のジャンルが溶ける場所
この連載を通じて私が伝えたかったことは、結局のところ一つだ。アニメの音楽は、もはや「アニソン」という言葉で括れるような小さな世界ではない。
90年代のアニメタイアップが日本のポップミュージシャンを呼び込み、K-POPが市場開拓の場として参入し、SZAやガンズ・アンド・ローゼズが楽曲を提供し、カマシ・ワシントンが自らオープニングを書きたいと申し出て、そしてポストロックのギタリストが劇伴の景色を一変させる。ジャンルの壁が、国境が、キャリアの文脈が——すべてが溶けている。
その溶けた場所に生まれる音楽を、私たちはリアルタイムで聴くことができる。ストーリーと掛け合わされ、キャラクターの感情と結びつき、90秒のOP/EDや劇中の一瞬に凝縮された音楽を。
照井順政が菅野よう子に影響を受けたように、いつか照井に憧れてアニメの音楽をつくりたいと思う若い音楽家が現れるだろう。その連鎖が続く限り、アニメ音楽の世界はさらに豊かになっていく。
Beyond the Anisong——アニソンの向こう側は、まだまだ広がり続けている。